音楽テクニカルライター布施雄一郎が観た、アダプトツアー初日。

《SAKANAQUARIUM アダプト TOUR 初日レポート》

音楽や舞、芸能は、かつて神への捧げものだった。それを庶民が遠くから、芝生に座って見物したことで、“芝居”という言葉が生まれた。

別に宗教チックな話をしようとしているのではない。ここで言いたいのは、音楽や芝居には、このように人を引き寄せるエネルギーが宿っているということ。そして、ひとつの場所にたくさんの人が集まり、同じ時間軸と空間感を共有することこそが、リアルなライブを形作るために最も大切なものであるということだ。

2020年3月、全国ツアーを期間半ばで中断し、そのまま中止となってから約1年10カ月。サカナクションの5人が、愛知県・Aichi Sky Expoのステージに立った。しかしもしかしたらそのこと以上に大切だったのは、大勢の魚民が集まり、歓声を上げられない中で、彼らが拍手で心の声を伝え、手拍子で心の歌を合唱したことだったのかもしれない。

《SAKANAQUARIUM アダプト TOUR》は、とにかく前代未聞の全国ツアーだ。まずツアーに先立ち、オンラインライブ《SAKANAQUARIUM アダプト ONLINE》を敢行。総合演出を映像ディレクター田中裕介氏が担当し、通称“アダプトタワー”を舞台としながら、芝居とライブを融合させ、観る側の想像力を掻き立てる映像作品を生配信した。しかも、その骨格を形作ったものは、直前に完成したばかりの未発表の新曲たち。

ここで挑戦した、オンラインだからこその映像コンセプトや新曲たちの演奏表現を、今度はリアルな場でのライブという形へとアップデートさせたものが、今回の全国ツアーだ。

「じゃあ、オンラインライブと同じことをライブでやるの?」と思うかもしれない。ただ初日を観る限り、実際には両者の印象は随分と違ったものとなっていた。

まずはライティング(照明)。ディスプレイ画面という枠の中での見え方を追求したオンラインライブの光とは違い、リアルなライブでは、ステージ上の光はもちろんのこと、視界の外側を照らす光ですら、観る者の感性を強く刺激してくれる。言い換えれば、視点をどこに向けるかによって、同じシーンでも観客によって印象が変わってくるのが、ライブの面白さだ。

さらに演出も、リアルなライブに向けて改めて練り直されており、ライブならではの新たな演出が取り入れられている場面があるかと思えば、映像でしか不可能だと思っていた表現が目の前で繰り広げられて驚いたりと、その差異もたっぷりと楽しめた。

つまり、リアルとオンラインでどちらの方がいいかという優劣ではなく、両方をそれぞれ楽しめる内容に作り上げていた点に、改めて感嘆した。

少々話が逸れるかもしれないが、例えば絶景を映像で見るのと、実際に現地で目の当たりにするのとでは、感動の大きさはまったく違うだろう。一方で、タイムラプス動画で見る雲の動きや、電子顕微鏡で見るミクロの世界は、リアルでは知ることができない、映像だからこその感動がある。

そうしたリアルとオンラインの表現の違いを知り尽くすチーム・サカナクション、別の言い方をすれば“音楽の変態集団”たちが生み出す一大プロジェクトだからこそ、リアルなライブを体験することで、改めてオンラインライブでの緊迫感や緻密な突き詰め具合を思い知れたし、オンラインライブを観ていたからこそ、リアルなライブでの桁違いなパフォーマンスや圧巻の空間演出に何度も唸ってしまった。

もうひとつ忘れてはいけないのが、今回のサウンド・システム(音響)だ。このツアーでは、音響的死角を減らすというサカナクション独自のシステム「SPEAKER +(スピーカープラス)」を初導入。そのサウンドは、平たく表現すれば超ハイファイな高級オーディオで極上のライブ音源(もちろん生演奏)を聴いているかのような印象だった。

もう少し具体的に言うと、アリーナでありながらも個々のフレーズがクリアに聴こえ、山口の息遣いまではっきりと聴き取れた。それでいて、イヤホン・リスニングでは絶対に味わえない、足元から振動として伝わってくる大迫力のロー感。これには思わず、「ああ、そうそう、これがサカナクションだ!」と、久々の感覚に酔いしれることができた。

こうしたライブの作り手側のプロフェッショナルな仕事っぷり以上に、ツアー初日で最も心に残ったのは、聴き手側、つまり魚民たちの拍手による表現だった。

アンコールでの出来事。ある曲の冒頭で、珍しく山口が一瞬、わずかに歌の音程を外した。そしてそのまま、Aメロが始まっても、歌は聴こえてこなかった。山口は、歌えなかったのだ。約1年と10カ月間、闘い続けてきた彼の心が、魚民たちを前にして初めて解き放たれた瞬間だった。

そこで自然と沸き上がった大きな拍手。その拍手はずっと続き、次第に大きくなっていくと、この曲のライブではほとんど起きたことがない、大きな手拍子へとつながっていった。

その手拍子は、「がんばれ!」ではなく、まるで「私たちが歌うから!」と言っているかのように響いた。そう、みんなが山口の代わりに、心の中で歌っていたのだ。そして終演後に山口は、「本当に、みんなの歌が聴こえた気がした」と、その時の心境を明かした。

ライブは、ミュージシャンだけで出来るものではない。ミュージシャンと大勢のスタッフ、そして何よりも、その場に集まった観客たちで作り上げるものだ。

そんな久々のライブツアーは、今、始まったばかりだ。

音楽テクニカルライター 布施雄一郎
@MRYF1968

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